羽田野さんが制作を開始したのは1994年の春。当初は「間違えて書いた文字を消した、その切なさを形にしたい」という芸術的衝動から始まったという。彼が選んだ素材は、小学校時代から貯め込んだノートの消しカスだ。接着剤は一切使用せず、ひたすら手脂と摩擦熱だけで圧縮し、強固な結合体を作ることに命を懸けてきた。

制作過程で彼が編み出した『カス圧縮術』は、独特の匂いと弾力を生むことで知られ、近所では「消しカス錬金術師」との異名で恐れられていた。高さ3メートルに達したその像は、当初の抽象的な『悲哀』というテーマから逸脱し、現在は何故か『昭和の商店街の主人』という非常に具体的な姿になっている。

しかし、この芸術作品には致命的な欠陥があった。季節の変わり目、特に湿度の高い日には消しカスが吸湿して膨張し、逆に乾燥した日には収縮するという、呼吸をするような現象が起きていたのである。今朝、像の膝付近から「キュッ……」という微かな音が響いたことで、羽田野さんは制作室へ駆けつけた。

現場では、像の右足部分に無数のひび割れが走り、まるで古いクッキーのようにパラパラと崩れ落ちる事態が発生していた。羽田野さんは即座に自身の体温で修正しようと、巨大な膝にしがみつき「まだ死ぬな!俺の学生時代のミスを背負っているんだ!」と叫びながら、必死の圧着作業を続けたという。

事態を重く見た近所の住民が通報し、消防隊が駆けつける騒ぎとなった。消防隊員からは「何かの事故かと思ったら、消しカスが崩れているだけだった」と呆れられたが、羽田野さんは一歩も引かず、「これはただのゴミではない。私の30年分の『間違い』が詰まっている」と涙ながらに主張した。

専門家の分析によると、像の崩壊を防ぐためには、新たにあと5トン分の消しカスが必要であるという。羽田野さんは、近隣の小中学校へ「使い古しの消しカス、高価買取します」と書かれたチラシをポスティングし始めた。しかし、現在までに集まったのは、誰かの忘れ物の筆箱一つだけであるという。

現在、羽田野さんは像を支えるために、自身が柱となって像の下に入り込むという危険な体制を維持している。彼は「完成までは動けない。次の修正点は、像の鼻から垂れ落ちている、あの独特の灰色の部分だ」と力強く語り、今日も文房具店で最も硬い消しゴムを買い求めている。