羽田野氏は幼少期から「白い部分は単なる繋ぎに過ぎない」と断言し、パン屋を回っては耳ばかりを買い占める生活を続けてきた。今回のプロジェクトは、自身の長年の夢である「耳のタワー」を建設し、世界的な記録として認定してもらうべく、半年かけて乾燥させた耳を接着剤代わりの特製小麦粉ペーストで固定する極めて緻密な計画であった。

挑戦当日、会場には羽田野氏が厳選した、焼き色が濃く香ばしい耳が数万枚用意された。彼はヘルメットを装着し、真剣な眼差しで「耳の建築家」として作業を開始。周囲の観客が見守る中、順調に積み上げられていく黄金色の耳タワーは、さながら現代アートのような威容を誇っていた。

しかし、高さが3メートルを超えたあたりで、予期せぬ物理現象が発生した。耳に含まれるわずかな水分が湿度と反応し、タワー全体が「しなやか」になり始めてしまったのだ。羽田野氏は必死に補強を試みたが、タワーはゆっくりと、まるでスローモーションのようにしなり、観客の悲鳴とともに巨大な山となって崩落した。

現場は一面、焼きたての香ばしい匂いに包まれたが、挑戦者である羽田野氏は瓦礫の山に埋もれたまま沈黙を守った。救出された彼は、自身の頬に付着した耳を一口かじると、「強度が足りなかった。次はバターでコーティングして硬化させる」と、すでに次の作戦へと思いを馳せている様子だった。

なお、崩れた耳の山はその後、近隣の公園に集まった大量のハトたちによって「史上最大の食卓」として完璧に片付けられた。羽田野氏の挑戦は記録として残ることはなかったが、ハトたちの胃袋という名の歴史には深く刻まれることとなった。