パン愛好家の羽田野健一さん(42)は、幼少期から食パンの白い部分を「空気の塊」と呼び、忌み嫌ってきました。彼にとってパンの価値は、その硬く香ばしい外周部、いわゆる「耳」にすべて集約されていたのです。しかし、市販のパンを買うたびに白い部分を廃棄することに心を痛めた羽田野さんは、ある決意を固めました。「ならば、耳しか存在しないパンを作ればいい」と。
羽田野さんは自宅の裏庭に「特殊パン土壌」と名付けた独自の培養床を作成しました。理論としては、小麦粉を円柱状に整形し、外側だけに過度な直射日光と独自の熱風を当て続けるというものです。失敗を重ねること3年、ついに彼の努力は報われました。実験室の片隅で、丸まるとした「耳だけの物体」が収穫されたのです。
収穫されたパンは、想像以上に硬く、どこから齧っても香ばしい。まるで巨大なドーナツの破片を積み上げたようなその姿に、羽田野さんは涙を流しました。「断面が存在しない、永遠の茶色。これこそがパンの進化系です」と彼は興奮気味に語ります。この新種のパンは、食べても食べても中身が空洞になることがなく、満腹中枢が「耳の味」だけで完全に満たされるという特異な性質を持っています。
しかし、この画期的な発明には意外な落とし穴がありました。あまりに硬く香ばしすぎるため、食べた翌朝には顎が筋肉痛で開かなくなり、結果として朝食にありつけなくなるというのです。「耳の幸福を追い求めすぎて、耳の入り口(顎)を破壊してしまいました」と、羽田野さんは現在、全粥食で顎の回復を待っています。
現在、羽田野さんは次なるステップとして「白い部分だけを吸い取る装置」の開発に着手しています。彼が理想とする世界は、パンの耳だけが空から降ってくる、まさに夢のディストピアです。近所からは「そろそろ普通のサンドイッチを食べてほしい」と切実な要望が寄せられていますが、彼の情熱はとどまるところを知りません。
最後に、今回の研究成果について尋ねると、彼は包帯で固定された顎を抑えながら、力強くこう答えました。「次は、焼かなくても焦げているパンを作ります。これさえあれば、僕の朝食は永遠に『カリカリ』だけです」。彼の飽くなき挑戦は、明日の食卓に革命(という名のハードパン)をもたらすことでしょう。
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