電子工学を独学で学んだ会社員、波多野健二さん(42)は、この数ヶ月間、自宅のガレージに籠りきりだった。彼の目標はシンプルかつ崇高。それは「食パンの四隅から中心部まで、厚さ0.5ミリのバター層を完全に均一に塗布する」という、人類の夢とも呼べる装置の開発だった。
完成した装置『バター・マスター・プロ』は、高精度サーボモーターと、工業用ロボットアームの技術を応用した精巧なものだ。波多野さんは自信満々で、人生初の稼働テストを朝食の場で敢行した。テーブルにはカリッと焼けた食パンが一枚、整然と置かれていた。
しかし、スイッチを入れた瞬間、悲劇は始まった。制御プログラムのわずかなバグにより、マシンのセンサーが食パンを「巨大なバターの海」と誤認識。装置は全速力で駆動し、備蓄していた10キロ分の業務用バターを、わずか3秒間で目の前の食パンに向かって超高圧射出したのだ。
「バッシャァァァァン!」という轟音とともに、波多野さんのキッチンは、黄色い脂の弾丸によって瞬く間に埋め尽くされた。トーストは一瞬でバターの質量に耐えかねて粉砕され、室内の壁紙、そして波多野さんの顔面にまで、正確無比な角度でバターが塗りたくられていった。
近所の住民が「家の中から何かが噴火したような音がした」と通報する騒ぎになったが、駆けつけた救急隊員が見たのは、床一面に広がるバターの海の上で、呆然と立ち尽くす全身黄色い波多野さんの姿だった。
波多野さんは後のインタビューで、「確かに壁や天井、そして私の眉毛まで、恐ろしいほどの均一さでバターが塗られていた。あのマシンの精度は本物だった」と語り、悔しげに涙を拭った。
現在、波多野さんは装置の改良ではなく、この大量のバターをどうやって掃除するかという、より過酷なプロジェクトに直面している。とりあえず、室内のあらゆる隙間が滑らかになりすぎて、少し歩くだけで玄関までスライディングしてしまうのが目下の悩みだという。
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