自称『納豆流体力学研究家』の羽田野健一さん(42)は、長年、納豆のネバネバ成分であるナットウキナーゼを「空気力学的に最も美しく整列させる方法」を模索してきた。彼によれば、箸で普通にかき混ぜるだけでは、納豆のポテンシャルを1割も引き出せていないという。
実験会場となったのは、本来は自動車の空気抵抗を計測するための本格的な大型風洞施設である。羽田野さんは、特注の超高強度ステンレス製箸を握りしめ、時速200キロの暴風が吹き荒れる実験室の中央に仁王立ちした。防護服に身を包んだ彼の表情は、まるで宇宙飛行士が未知の惑星に降り立つかのような緊張感に満ちていた。
送風機が稼働すると、実験室は地鳴りのような轟音に包まれた。羽田野さんは、暴風に煽られながらも、カップに入った納豆をしっかりと固定し、渾身の力で高速回転運動を開始した。風速200メートルという過酷な環境下では、空気に触れた瞬間に納豆の豆が弾丸のように後方へ飛散するリスクがあるが、彼は精密な手首の角度調整だけでそれを見事に制御した。
実験開始からわずか3秒、目にも止まらぬ速さで撹拌された納豆は、もはや液体を超え、強烈な光沢を放つ未知のナノ物質へと変貌を遂げた。観測機が記録した粘着力は通常時の500倍を計測し、その様子をモニターで見ていた研究助手は「見たこともない幾何学模様が生成されている」と震え声で報告した。
しかし、実験は悲劇的な結末を迎える。あまりの高速撹拌と風圧の相乗効果により、納豆は『完全に重力を無視した球体』となって浮遊を始めたのだ。そのまま実験室の換気口へ向かって一直線に吸い込まれ、羽田野さんの3年分の情熱と夕食のおかずは、遥か彼方の空へ消えていった。
残された空のカップを呆然と見つめる羽田野さんは、「空気抵抗を味方につけたと思ったのに、納豆が空を飛ぶための翼になるとは誤算だった」と冷静に分析し、次は真空状態での撹拌を計画していると語った。
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