羽田野健一さん(54歳)は、30年にわたり「いかにして麺一本を逃さず、かつ最短で水分をゼロにするか」を研究してきた。彼の自宅キッチンは、もはや湯切り専用の実験室と化しており、世界中のカップ焼きそばの容器形状を網羅した資料が壁一面に貼り巡らされている。
羽田野さんが開発した新技『スパイラル・トルネード・スイング』は、手首のスナップと腰の回転を完璧に同期させ、容器内の麺を一度も宙に浮かせずに、水だけを分子レベルで分離させるという驚異のメソッドだ。
この日の実演会場となった公民館には、全国から集まった「湯切りマニア」たちが固唾を呑んで見守っていた。羽田野さんは白衣を羽織り、厳かな表情で熱湯が注がれたカップを手に取ると、深呼吸をひとつして、ゆっくりと腕を振り始めた。
「いくぞ。これが30年の集大成だ」という低い呟きと共に、彼の腕がブレるほどの速度で回転し始めると、周囲にはまるで小規模な竜巻が発生したかのような轟音が響き渡った。観客席の最前列にいた男性は「凄まじい風圧だ、メガネが飛びそうだ」と興奮気味に語る。
ものの数秒で湯切りは完了した。容器の蓋を開けると、そこには驚くほどパラパラで、しかし麺の弾力は完全に維持された奇跡の一皿が現れた。会場からは万雷の拍手が沸き起こり、羽田野さんは満足げに頷いた。
しかし、感動も束の間。彼は自信満々に麺を一口すすろうとした瞬間、箸が滑って麺がすべて床に落ちるという、湯切り以前の初歩的なミスを犯してしまった。会場は静まり返り、羽田野さんは「技術は完璧だったんだが……箸の摩擦係数の計算を忘れていた」と、遠い目で床の麺を見つめ続けた。
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