都内在住の会社員、羽田野健二郎さん(38)は、かつてない情熱を朝食のトーストに注いできた人物である。彼が長年抱いてきた夢は、市販のバターナイフでは到達できない「ムラのない黄金色の鏡面仕上げ」をパンの上に実現することだ。手作業では限界を感じた羽田野さんは、半年間の歳月と給料の大半を投じ、精密な油圧アームとセンサーを搭載した『全自動トースト塗りたくりマシン・マーガレット1号』を開発した。
「バターの温度管理、塗布圧、ストローク速度をミリ単位で計算しました」と語る羽田野さんは、運用の初日、自信満々に食パンをセットした。スイッチを押すと、マシンはウィーンという作動音を響かせ、冷蔵庫から取り出したばかりのバターを高速でパンへと押し付け始めた。当初は順調に見えた作業だが、装置は「ムラのない塗布」というプログラムに従うあまり、徐々に狂気じみた挙動を示し始めた。
マシンのセンサーがパン表面の極小の窪みを検知するたび、アームは執拗にバターを塗り重ねていった。羽田野さんが停止ボタンを押す間もなく、マシンは「完璧な平滑化」という使命に目覚めたかのように、パンの密度を無視した重圧をかけ続けた。その結果、食パンはバターの重みと圧力を支えきれず、まるで液状化現象を起こしたように皿の上で崩壊し、ぐちゃぐちゃの小麦粉バターペーストへと変貌を遂げた。
実験を終えた後の皿の上には、パンの面影が消え失せた、輝く黄金色のバターの池が広がっていた。羽田野さんは「美しすぎて、食べる勇気が出ない」と語り、結局その朝は、何も塗っていない乾いたクラッカーをかじりながら、崩れたパンの残骸を神妙な面持ちで見つめ続けたという。
現在、羽田野さんはマシンを改造し、次は『ジャムを均一に塗りたくるための遠心分離機』の製作に着手している。周囲の友人からは「朝食にどれだけ手間をかければ気が済むのか」と冷ややかな視線を向けられているが、本人は至って真剣だ。彼の飽くなき探求が、いつの日か完璧なトーストと引き換えに、キッチンそのものを破壊し尽くすのではないかと近所では密かに噂されている。
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