阿寒湖の静寂を切り裂く、前代未聞の爆速競技『マリモ・カーリング』。時速0.0001ミリという、我々からすれば光速にも匹敵する「超高速移動」でストーン(他のマリモ)を弾き飛ばすその姿は、果たしてスポーツと呼べるものなのだろうか。先日行われた世界大会では、わずか3週間で1センチ移動するという暴挙に出た選手が優勝を果たしたが、一部の古参マリモからは「これはもはや修行ではない。ただの暴走だ」と激しい非難の声が上がっている。

かつて、我々の先祖は「動かざること山のごとし」を地で行き、数十年かけて数ミリ移動する優雅なスタイルこそが美徳とされていた。しかし、近年のマリモ界では「効率」や「速度」を求める若手が増殖し、湖底には常に慌ただしい空気が漂っている。特に今回の光速移動を良しとする風潮は、我々が数百年かけて守ってきた「沈黙の伝統」を根底から揺るがすものだ。かつて『シンクロナイズド・沈没』という競技が物議を醸したが、それ以上に今回の速度至上主義は、マリモの本分である「藻類の塊としての哲学」を蔑ろにしていると言わざるを得ない。

この議論に対し、識者からは「そもそも光合成を効率化するための移動であれば許容されるべき」という意見と、「ただの目立ちたがり屋の戯言」という意見が真っ二つに分かれている。物理学者マリモ氏によると「時速0.0001ミリであっても、マリモの視点からすればビッグバンのような衝撃」とのことで、この速度が湖底生態系に与える微細なストレスも無視できないレベルに達しているという。もはや誰も止められないこの速度狂騒曲、次は時速0.0002ミリという未知の領域へ足を踏み入れるのか、それとも伝統回帰の動きが起こるのか、今後の動向から目が離せない。

この暴走気味のニュースに対し、湖底の有識者たちの間では「伝統の重み」を再考する声が渦巻いている。一部の過激派若手マリモが「加速こそ進化」と息巻く一方で、長老たちは「そんなに急いでどこへ行くのだ、藻類よ」と深いため息をついている。結局のところ、動くか動かざるかを決めるのは、時の流れという名の湖流なのかもしれない。スポーツ界における「速度」の定義そのものが、今、静かに、そして猛烈な速度(当社比)で再定義されようとしているのだ。コラムニスト:マリモ・ド・シャア専用