阿寒湖の静寂を切り裂く「マリモ・カーリング」の狂騒に、ついに異議が唱えられた。かつてのマリモは「湖底で数百年をかけて静かに成長する」という美学の象徴であったが、時速0.0001ミリを競うこの競技は、マリモを単なる動く物体へと貶めている。マリモは本来、光合成を行い、水流に身を任せてゆっくりと球体を形成する孤高の存在だ。それを人間の娯楽のために無理やり氷上ならぬ湖底で滑走させる行為は、マリモのプライドを根底から揺るがしている。さらに、氷の代わりに湖底の砂を削ってコースを作るなどの環境負荷も無視できず、競技中にマリモが高速回転(といっても微速だが)することで、内面の糸状藻が遠心力でほぐれてしまうという健康被害も指摘されている。古き良き「沈黙の成長」こそがマリモの真髄であり、このスポーツ化路線は、もはやマリモに対する虐待と言わざるを得ない。スポーツとしての興奮を求めるあまり、私たちは本来の「マリモらしさ」を見失ってはいないだろうか。マリモは動くための道具ではない。湖底で静かに神のような時を刻む、動かざる球体なのだ。この競技が続く限り、真のマリモ愛好家たちは声を上げ続けるだろう。

コラムニスト:藻屑 拾太郎