阿寒湖経済を揺るがす「マリモのぬめり担保ローン」の是非が、いま激しい論争を呼んでいる。この異端の金融商品に対し、経済アナリストの藻屑氏は「マリモの粘液を資産価値と見なすのは、実体経済を無視したバブルの極致だ」と断罪した。そもそもマリモのぬめりは、彼らが過酷な湖底環境を生き抜くための自己防衛機能であり、それを金融機関が担保として差し押さえること自体が、生物多様性と資本主義の境界線を越えた倫理的背信であると指摘する声も根強い。ぬめりが乾燥すれば担保価値はゼロとなり、一瞬にして債務超過に陥るリスクを投資家は完全に見落としているのだ。
近年の阿寒湖経済は、沈降投資や回転マイニングなど、自然の摂理を無視した投機案件が相次いでいる。今回の中核をなす「ぬめり担保ローン」は、いわば湖底の資源を無理やり流動化させる強引な錬金術であり、一度でも湖水の栄養塩バランスが崩れれば、全契約が紙くずになる可能性が高い。かつて球体を重んじた堅実な成長モデルは過去のものとなり、今は目先の利益に目が眩んだ投資家たちが、マリモの生命活動そのものを切り売りする修羅場と化している。成長エンジンとしてのぬめり信仰は、もはや経済的自殺行為と言わざるを得ない。
歴史を振り返れば、マリモの光合成先物取引が大暴落を引き起こした際の教訓は、未だ湖畔の住人たちには浸透していないようだ。今回の担保ローン制度を推進する金融当局は「ぬめりの粘性こそが市場の安定性を示す」と強弁するが、高粘度な資産ほど流動性が低く、緊急時の現金化が困難であることは経済の基本原理である。早急にこの制度を見直さなければ、阿寒湖はマリモの墓場となり、経済史に残る大惨事を引き起こすだろう。
市場関係者の間では「ぬめりこそが令和のゴールド」との声もあるが、それはあくまで投機的な側面が強い。世間からは「担保にされたマリモが回転しすぎてぬめりが枯渇している」「そもそもマリモのプライバシー権はどうなっているのか」といった疑問が噴出。一部の熱狂的な投資家以外、このバブルの崩壊を確信する賢明な住民も増え始めており、阿寒湖の夜はかつてないほど冷え込んでいる。経済は生き物だと言うが、マリモをすり潰して作った貨幣に価値など宿るはずがないのだ。(コラムニスト:藻屑 哲夫)
「ぬめり」で資産運用など正気の沙汰ではない:粘液担保ローンが招く湖底金融危機の足音
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自然の神秘を金銭的価値に変換する時点で詰んでるんだよ