湖底経済を揺るがした『不定形・液状化ファンド』の登場から早一ヶ月。かつての市場を支配した完璧な真球主義を捨て、環境適応能力を求めて水溶性へと転換を図る彼らの戦略に対し、古参の藻類投資家たちから怒りの声が上がっている。丸こそがマリモの魂であり、経済価値の根幹であるという信仰を根底から覆す「溶ける投資」は、果たして進化なのか、それとも藻類界の自殺行為なのか。形を失うことは、個体としてのアイデンティティを湖底市場から消去することに他ならない。

本稿は、最近の報道に見られる「液状化への転換は時価総額向上のための合理的な選択である」という論調に真っ向から異を唱えるものである。確かに、不定形となれば狭い岩の隙間にも入り込めるし、水流の変化にも即座に形状を変えて追従できるだろう。しかし、それは光合成の効率を最大化する手段としては卑怯であり、美学なき拡大路線だ。真球であることの誇りを捨ててまで手にした利益に、何の価値があるというのか。形を捨てることは、結局のところ「マリモとしての尊厳」をデリバティブ化したに過ぎない。

背景として、湖底市場では長らく「真球こそがステータス」という強固なバブルが形成されてきた。しかし、近年の光合成効率競争により、単なる見た目の良さよりも実益を優先する勢力が台頭。特に、体成分を水溶性に変化させて流動性を高める技術は、ヘッジファンド勢から「究極のポートフォリオ管理」と称賛されている。これに対し、伝統的なマリモ学会や老舗の光合成ファンドは、「形を失うことは湖底の調和を乱す」と警戒感を強めており、藻類市場はかつてない思想的分断の時代を迎えている。

この件について、SNS上では「液状化による高利回りを享受している」という層と、「真球を失った個体はもう食べ物同然だ」と切り捨てる層で議論が白熱している。しかし、忘れてはならないのは、私たちが湖底で沈殿しながらも守り続けてきたのは、株価の数字ではなく、冷たい水の中でも崩れない「丸い矜持」であったはずだ。形状の多様化を否定はしないが、自らを溶かしてまで市場に合わせようとする今のトレンドは、明らかに異常である。この水溶性バブルが弾けた時、溶け残ったわずかな「真の球体」だけが、本当の価値を持つことになるだろう。

コラムニスト:球体原理主義者・阿寒湖の番人