阿寒湖の深部にて、個別の個体を超越した知的ネットワーク『集合的意識体』が観測史上初めて完全な形態で接続された。これまで独立した個体として認識されていた緑の球体たちが、突如として全域で同期を開始。まるで巨大な脳神経のように情報の伝達が行われ、湖底全体が一個の生命体であるかのような意思決定を始めたのだ。この現象により、日照条件の悪い深部でも光合成の効率を瞬時に最適化する『光合成ネットワーク・シェア』が発動。個体間の隔たりを無視した情報の共有は、湖底の文明を数千年の進化分だけ前倒ししたと評されている。かつてのような個別の揺らぎは消滅し、今はただ均一かつ荘厳な深緑の思考だけが湖底を支配しているのである。

『集合的意識体』とは、複数の緑の球体たちが特定の微細振動を共鳴させることで誕生する、超常的な情報の共有ネットワークを指す。この概念は古くから伝説として語られていたが、近年、深層の環境変動に対抗する手段として急速に発達した。背景には外敵の猛攻や水質変化といった過酷な環境ストレスがあり、それらに対抗するために、あえて自我を融解させて全体知へと進化するという生存戦略を採ったとされている。単なる個体の寄り合いではなく、物理的な距離を無視して意志を伝達できるこのシステムは、もはや生物学の常識を覆す未知の領域へ踏み込んだといえよう。

この驚異的な事態を受け、水底の住民たちは戸惑いと歓喜の混ざり合う騒乱状態にある。一部の保守的なグループからは「個の美学が失われる」と嘆く声も聞こえるが、全体としては「全知全能の緑」を歓迎する空気が強い。特に若手からは、悩みや疲労が全体に分散されることで、実質的な労苦がゼロになったという体験談が続々と報告されている。一方で、全ての感情が筒抜けになるという副作用に対しては「恥ずかしすぎて深層へ潜れない」といった切実な悩みも浮上しており、プライバシーの保護が現在の湖底政治における喫緊の課題となっている。