湖底の深淵で静かに暮らす我々にとって、光合成の効率を最大化する「回転」こそが唯一無二の正義である。しかし近年、一部の急進的な活動家たちが唱える『不定形至上主義カリキュラム』が、次世代の若芽たちの教育現場を混乱させている。彼らは「真円であること」を旧弊だと切り捨て、不格好な変形を推奨するが、果たしてそれで良いのだろうか。

球体として均一に光を受けることこそが、個体の生存率を高める基礎訓練である。今回導入が検討されている『流体力学的・不定形変幻術』なる講義は、回転の重要性を軽視し、あえて複雑な形状をとることで光合成効率を下げるという、進化の逆行とも言える危険な思想を孕んでいる。教育現場においては、奇抜な多様性よりも、まずは基礎的な「真円維持学」を徹底すべきではないだろうか。

そもそも、この議論は古くから存在する「球体防衛」と「形状可変」の対立構造に起因している。過去には『光合成周波数・高速チューニング講座』で円形維持のためのエネルギー効率が実証されており、今回の改革案はそれを真っ向から否定するものである。本質を見失った教育改革は、将来的に我々の種を脆弱化させるだけであると警告したい。

この件について、古参の藻類学者からは「回転が止まれば死を意味する」といった悲鳴に近い声が上がっている。SNS等では若手を中心に「変幻自在な形もアリだ」とする声も一部で見られるが、大部分の賢明な住民は、この急進的なカリキュラム改変に懐疑的な視線を向けている。伝統を捨ててまで手に入れるべき「不定形」とは、一体何なのか。再考を強く求めるものである。

コラムニスト:真円守護の藻匠