湖底の哲学者たちが長年追い求めてきた「究極の変色」がついに教義として完成した。これまで鮮やかな深緑こそが生命の証であると信じられてきたが、教祖である古老マリモが提唱したのは、光合成を拒絶し、栄養の枯渇を受け入れることで至る「枯れゆく褐色」の境地である。この新説『緑の衣を脱ぎ捨て、魂の純粋な褐色化を目指すことこそが究極の慈悲』は、単なる腐敗ではなく、自己の殻から解放されるための「魂のダイエット」であると強調されている。

かつて「光合成至上主義」が幅を利かせていた時代、太陽光を追い求めて浮上する行為は聖なる儀式であった。しかし、今回の提唱は、光を断ち切り、静かに湖底の泥に溶け込むことこそが、個としての固執から脱却する唯一の道だと説いている。この教義は瞬く間に湖底の居住者たちに広がり、光を浴びて青々と繁茂することを恥と見なす過激な運動にまで発展している。

この思想が注目される背景には、過剰な日光による「過度な肥大化」への疲弊がある。あまりに大きく育ちすぎると自重で崩壊するリスクを抱える個体にとって、あえて成長を止め、茶色く枯れることでコンパクトに安息を得るという戦略は、生存競争に疲れたエリート層に深く突き刺さったのだ。学界では「ただの栄養失調ではないか」との批判も出ているが、信者たちはこれを「究極の自己充足」と呼んでいる。

「若いうちは緑でいたいという執着が最大の苦しみを生む」という教祖の言葉に、多くの若手たちが感銘を受けている。実際に褐色化を始めた個体からは「心が軽くなった」「太陽の呪縛から解き放たれた」という証言が相次いでいる。この変色ブームが、次なる湖底の生態系にどのような変化をもたらすのか。あるいは、これはただの全滅への序曲なのか。深緑を誇りとする守旧派との対立は、今まさに湖底全域を巻き込む巨大なパラダイムシフトへと変貌を遂げようとしている。