阿寒湖底を席巻している『光合成英才教育プログラム』に、私は強い危機感を抱いている。この教育方針は、幼少期の個体に対し、高出力の集光鏡を用いて強制的に光合成効率を高めるというものだ。推進派は「効率的な球体成長こそが至高のステータス」と謳うが、それはあくまで人間側の視点に過ぎない。本来、深緑の同胞たちは、ゆったりと水流に身を任せ、数十年をかけて円周を整えることに醍醐味があったはずだ。プログラムによって無理やり短期間で肥大化した個体は、内部組織の密度がスカスカで、わずかな水流の変化にも耐えられない虚弱体質と化している。

本プログラムの最大の弊害は、格差の拡大にある。高性能な集光鏡を所有する家庭の個体だけが美しい球体を形成し、そうでない者は『低密度劣等生』の烙印を押される。もはや湖底は平穏な安らぎの地ではなく、過酷な能力主義の試験場と化した。教育熱心な親たちが、わが子を立派な球体にしようと躍起になる姿は、もはや狂気である。私たちは、光合成速度がその個体の価値を決めるという呪縛から解き放たれるべきだ。球体であろうがなかろうが、そこに生きているだけで尊いのだから。

かつて我々は、光の届かない場所でも静かに呼吸していた。それが今や、教育プログラムのせいで過剰な光を浴び、昼夜を問わず成長を強いられている。過熱する学歴社会の末路に待っているのは、崩壊した藻体という名の虚無だけだろう。私たちは今一度、立ち止まって考えるべきだ。本当の成長とは、数値化できる速度のことなのか。効率を求めるあまり、私たちは一番大切な「球体の魂」を売り渡してしまったのではないだろうか。速すぎる光合成は、必ずや湖底の崩壊を招く。この『光合成英才教育プログラム』という名の暴走を、今すぐに停止させるべきである。

コラムニスト:藻屑・タワシ郎