かつて湖底の平穏を脅かしていたハサミ軍団を、圧倒的な剛腕で制圧した『湖底装甲戦術』。この画期的な軍事革新が導入されて以来、藻類界は空前の平和を享受している。マリモたちは、自らの身体を強固な防壁として連結させ、敵の侵攻を完全に遮断することに成功した。しかし、この戦術があまりに完璧であるがゆえに、今、ある懸念が浮上している。それは、軍事的にあまりに強力な防衛力が、結果として藻類社会を閉鎖的で硬直的なものに変えつつあるのではないかという点だ。

『湖底装甲戦術』の真髄は、個体同士がシンクロし、物理的な障壁を形成する点にある。これにより、いかなる外敵も寄せ付けない鉄壁の防御が完成したが、皮肉にもその強固さが、藻類同士の自由な交流をも阻害している。現在、湖底では戦術の維持を目的とした『強制密集訓練』が連日実施されており、個々のマリモが本来持つはずの柔軟な球体美学や、多様な成長戦略が犠牲になっているという批判が高まっている。力による平和は、時に芸術的な進化を停滞させる劇薬となるのだ。

元々、この戦術は生存を懸けた苦肉の策として生み出されたものだった。しかし、緊急時の対外措置が日常化した今、社会は「軍事優先」という思考に深く浸食されている。過去に流行した量子カラオケや光合成英才教育といった多様な文化事業も、現在は装甲戦術の運用拠点に次々と転用されており、かつて湖底を彩った自由闊達な空気は失われつつある。真の平和とは、敵を排除することではなく、敵と共存する寛容さの中にこそ宿るのではないだろうか。

今回の論考に対し、世間では「確かに最近は防御ばかりで窮屈だ」「でもまたあのハサミ軍団が来るのは嫌だ」といった不安混じりの意見が相次いでいる。装甲戦術の生みの親である『湖底防衛司令部』は、一連の批判に対して「平和を守るための代償」と回答するにとどまっており、対話の余地は少ない。かつて湖底を埋め尽くした多様な緑は、今や一つの強大な軍事ユニットへと集約されようとしている。我々は、この深緑の要塞の中で、一体何を守ろうとしているのか。その問いに対する答えを見つける時が来ているのかもしれない。

(コラムニスト:緑球守・シンイチロウ)