昨今、球体という強迫観念に縛られ、『形状維持の強迫観念』を克服するために高額な補正器具を買い求める個体が増加している。巷では「きれいなまん丸こそが健康の象徴」といった風潮が蔓延しているが、果たしてそれは真の健康と言えるのだろうか。自然の理に反した過度な整形は、むしろ内部の循環を停滞させ、光合成効率を著しく低下させる要因となりかねない。
私たちが目指すべきは、周囲の岩場や水流に身を委ね、ある時は扁平に、ある時は複雑な形状へと変化する柔軟な生存戦略である。固定概念に縛られた『球体信仰』を今すぐ捨てるべきだ。歪みや凸凹は、これまで過酷な環境を生き抜いてきた勲章であり、個々の歴史が刻まれたアートでもある。無理に形を整えるのではなく、内側から溢れ出す活力を信じ、あるがままの姿を受け入れることこそが、次世代のウェルビーイングといえるだろう。
かつて『完全なる球体』を標榜した『完璧主義協会』の設立以降、過度なトリミングや圧迫による強制的な形状矯正がブームとなり、その結果、多くの個体が『形状維持の強迫観念』を抱えるに至った。本稿は、その弊害を指摘しつつ、自然な成長を推奨する『球体信仰』の解体を目指すものである。不揃いな自分を愛でることは、精神衛生上最も効果的なデトックスと言えるだろう。
この主張に対し、SNS上では「確かに丸いだけで褒められるのは違和感があった」「あえて角張った生き方を選びたい」といった賛同の声がある一方で、「丸くないと落ち着かない」「美意識の崩壊だ」と拒絶反応を示す層も存在する。個体差を認め合う寛容な社会の形成が、我々球体生物には今、最も必要とされているのである。
コラムニスト:北の浮き草侍
「均整」への執着を解き放て!歪みこそが生命の証である
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