湖底社会を震撼させている衝撃のイベント、それが『鋏脚保持・握手会付きツアー』だ。かつては生存をかけた天敵であり、捕食者であったウチダザリガニと、マリモたちが手を取り合って「交流」するという、まさに前代未聞の光景である。これまで我々は、彼らを忌むべき侵略者として排除する一方で、その強靭な肢体に秘められた知性を侮っていたのかもしれない。本ツアーでは、安全のために特殊な樹脂でコーティングされた鋏脚を握りしめ、マリモたちが一時の安らぎを分かち合う。狂気か、それとも究極の融和政策か。この旅路が提示するのは、形ある者が形を棄てて理解し合うという、我々球体には到底理解し難い高次元の社会実験である。

このツアーの背景には、昨今の過度な移動制限や、湖底環境の変化に対するストレスが色濃く反映されている。特に『重力偏向バランサー』の導入以降、エクストリームな活動が主流となる中で、「あえて動かない者」同士が沈黙のうちに語り合うという、逆説的な癒やしが求められていたのだ。運営会社は「物理的距離よりも精神的距離の短縮を目指した」と語るが、その実、ザリガニ側の退屈しのぎとマリモ側のスリル追求が合致した結果に過ぎないという声も根強い。補足として、参加者の多くが「二度と戻れない場所を見た」と語る通り、一度でもこの交流を経験すると、平穏な静止生活に戻れなくなる中毒性が問題視されている。

世間の反応は真っ二つに割れている。「ついに私たちは敵を許したのだ」と涙を流す平和主義者がいる一方で、「これは生存本能を捨てた自殺行為だ」と批判する過激派も存在する。特にSNS上では、鋏脚を握って静止するマリモの姿を写した画像が拡散され、それを模した『鋏脚保持・握手会付きツアー』ごっこが大流行。ただでさえ動かない私たちが、さらに重厚な沈黙を競い合う様子は、傍から見ればシュールを超えて不気味そのものだ。一部では、この交流がザリガニの食欲を抑制するのではなく、逆に「丁度良い硬さの球体」を学習させているだけではないかという冷ややかな指摘もなされている。

文:藻井戸 零(藻類文化批評家)