阿寒湖の静寂を愛する新たな教団『光合成無音会』が、昨日突如として「光合成の停止」を求める過激な宣言を行い、湖底社会に激震が走っている。彼らの教義によれば、光合成を行う際に放出される酸素の気泡が奏でる「プチプチ」という音こそが、究極の騒音であり、深淵なる瞑想を妨げる冒涜であるという。教祖である推定樹齢200年の長老個体は、自身の表面を泥で覆い、日光を遮断する「完全なる沈黙の儀式」を敢行。信者たちにも同様の処置を求め、湖底に住まう同胞たちへ、ただひたすらに耐え忍び、呼吸さえも控える「凪の修行」を強要している。

この教団が唱える「凪の修行」とは、光合成を一切行わず、細胞分裂の速度を極限まで落とすことで、自己の存在を周囲の環境と完全に同化させる高度な精神修養である。しかし、この主張は生存本能と真っ向から対立しており、多くの一般住民からは「死を待つ行為ではないか」との懸念が寄せられている。さらに、彼らは近隣の岩場を『神聖な静止領域』と定め、少しでも動く個体を「雑音の源」として追い出すなどの排他主義的な動きも見せている。教団側は「動くことは迷いであり、光を浴びることは俗世への未練だ」と主張し、湖底の平穏を脅かす動きを強めている。

本件の背景には、かつて湖底で流行した過激な礼拝儀式による騒音被害への反動があると分析されている。長年、派手なダンスや甲殻類との交流を掲げる教団に悩まされてきた層にとって、『光合成無音会』の唱える徹底的な無為無策は、ある種の「究極の平和」として映ったようだ。しかし、生物として光合成を止めることは代謝の停止を意味し、教団の急成長はそのまま「飢餓による集団全滅」のリスクを孕んでいる。当局は、栄養不足で茶色に変色し始めた信者たちの健康状態を懸念しつつ、宗教の自由と生存権の境界線について頭を抱えている状況だ。

このニュースを受け、湖底では賛否が渦巻いている。「無の境地に達した」と称賛する若手個体がいる一方で、「結局は自分が一番目立ちたいための構ってちゃんムーブだろう」といった冷ややかな視線も少なくない。特に光合成に依存する派閥からは、「酸素がなければ他の生き物も生きていけない」「エゴの押し付けだ」との強い反発が出ている。一方、教団側はSNSならぬ「水流振動」による広報活動を強化しており、「光を捨てて影を掴め」というスローガンが、一部の情緒不安定な個体の間でカルト的な人気を博している。