阿寒湖の静寂を切り裂く新たな論争が勃発した。「マリモの表面は神のひげ」として神聖視し、剃髪を禁じる伝統派に対し、新興宗教団体『毛根至上主義・毛包の解放』が「神のひげなら、なぜ我々は産毛の密度を競わねばならないのか」と反旗を翻したのだ。同教団は、「真の救済は、毛の長さを競うことではなく、根元にある『毛根の輝き』を直視することにある」と主張し、マリモたちを無理やり回転させて毛根チェックを行う“根元露出の儀”を強行。湖底では、神のひげを剃るか、あるいは毛根の深淵を見つめるかという、極めて毛深い思想対立が深刻化している。

古来より湖底社会では、マリモのふわふわとした質感は神の慈悲の現れであり、その表面を整える行為は「神の散髪」として畏怖されてきた。しかし、『毛根至上主義』はこれに異を唱え、「表面はただの保護膜に過ぎない」と断言。彼らは、マリモの内部に眠る芯の部分こそが生命の聖域であるとし、あえて表面を削ぎ落とす「逆・断髪式」を布教している。この過激な教義に対し、保守層からは「神の威厳を損なう冒涜だ」との非難が殺到しており、水流の強弱を巡る小競り合いが日常化している。

今回の騒動を受け、湖底の有識者からは「そもそも光合成をしている彼らに毛根という概念が存在するのか」という根本的な疑問が呈されている。これに対し教団幹部は「毛根とは物理的な存在ではなく、スピリチュアルな接続口である」と回答。また、一部の熱狂的な信者は、自身のマリモを高速回転させることで発生する渦流が「神への祈りの風」であると主張しており、周辺の藻類たちからは「目が回るからやめてほしい」との苦情が絶えない。阿寒湖の精神的平穏は、今や毛深い混沌の中に沈みつつある。

このニュースを受け、湖底住民からは困惑と冷笑が入り混じった反応が寄せられている。「神のひげも毛根も、結局は光を求めて転がっているだけだろ」「毛根を拝むくらいなら、ザリガニに食われないよう必死に避難した方がマシ」「最近の教団は宗教というよりただの理髪店のライバル争い」といった、冷めた意見が主流だ。一方で、「確かに私のマリモも最近、密度が薄いような気がして不安だった」と教団の主張に心揺れる者もおり、毛根という概念が静かに、しかし確実に湖底のアイデンティティを蝕んでいる。