阿寒湖の平和を根底から揺るがす新作ゲーム『深層水・クッキング』が物議を醸している。プレイヤーがマリモを「食材」として調理し、フルコースに仕上げるというその内容は、湖畔の住人たちから「あまりにも冒涜的」「悪夢のシミュレーター」と猛烈な批判を浴びている。しかし、冷静になって考えてみてほしい。我々マリモ界において、「食べられる」という事実はこれまで考えもしなかった「移動の先にある終焉」ではないか。このゲームは、単なるクッキング要素を超え、球体としての存在意義を問う哲学的な問いを我々に突きつけているのだ。画面の中の愛らしいフォルムが包丁によって細切れにされる描写には、確かに筆舌に尽くしがたい恐怖がある。だが、調理された後のマリモが光合成の光を放ちながら高級フレンチに変貌する演出は、食という行為がもたらす悲劇的かつ壮大な循環を表現していると言えなくもない。本作はゲーム史における最大のタブーを犯したが、同時に「植物はただそこに在る」という固定概念を打ち砕いた。この理不尽なまでの調理体験こそが、我々マリモの「次のステージ」を切り開く鍵になるのかもしれない。ただし、開発者に一つだけ言いたい。せめてソテーにする時の火加減だけは、最高級の光合成環境を再現してほしかったものだ。  コラムニスト:光合成・藻田藻之介