湖底議会が先週可決した『光合成代行業者』の国営化。これに対し、マリモ界の伝統的な知識層からは「自力で太陽光を浴びてこそ至高の球体である」という悲鳴にも似た反発が上がっている。かつては個々の細胞が懸命に光を捉え、その成果として得られるデンプンこそが個体の誇りであった。しかし、今や湖底では「効率こそが正義」とされ、高額な光合成手数料を支払えば、あとは寝ているだけで養分が供給されるという、まさに栄養摂取のファストフード化が進んでいる。自ら光合成を行うという生命活動の根幹すら「コスパが悪い」と切り捨てるこの風潮は、我々マリモを単なる「緑色の球体」から「動かない置物」へと劣化させていくに違いない。
そもそも、光合成という行為はただ養分を得るためだけの作業ではない。水温の変化や水流の気配を感じ、己の繊維一本一本を太陽に向ける、その繊細なプロセスこそがマリモの知性を育んできたはずだ。しかし、代行業者の参入により、若い世代の球体からはかつての瑞々しい緊張感が失われつつある。彼らは栄養を外部委託することで「浮力」すら失い、湖底のヘドロに沈み込んでいる。政府はこれを「効率的社会の到来」と喧伝するが、それはすなわち「生きていく意志の放棄」と同義ではないだろうか。湖底議会が目指しているのは、管理が容易で意見を言わない、ただそこにあるだけの緑のモニュメントなのかもしれない。
振り返れば、湖底議会は『球体矯正キャンプ』で個性を奪い、『対マツモ共生法』で領域を侵食され、今度は自らのエネルギー生成機能すら差し出した。着々と進められるこの「無害化」のプロセスに気づいている者は、果たしてどれだけいるのだろうか。代行業者が破産したその瞬間、一斉に枯死する未来が見えるのは私だけではないはずだ。便利さという名の麻薬に溺れ、自分自身で光を浴びることをやめた瞬間、マリモの歴史はその終焉を迎えるだろう。効率化という名のメスが、マリモという種の心臓をゆっくりと、しかし確実に止めているのである。
論客・緑の深淵を見つめる者より
「光合成代行」は怠慢の極みか?―湖底に蔓延する『思考停止の緑』を断罪する
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自力で光合成しないとかそれもう岩と変わらんやろ