先日のリリース直後、マリモ界隈で「クソゲーオブザイヤー」の呼び声高い格闘ゲーム『藻ンバト・ファイターズ』。本来ならば激しいコンボや駆け引きが期待される対戦格闘ジャンルにおいて、開発陣が実装したのは「操作感ゼロの光合成放置」という前代未聞の仕様でした。コントローラーを握りしめても反応するのは光合成効率のメーターのみ。この狂った仕様に対し、一部の過激派からは「これは格闘ではなく、ただの植物観察だ」と怒りの声が上がっています。しかし、本当にこれは失敗作なのでしょうか。私たちは「動くこと」こそが正義という、マリモ本来の性質を無視した価値観に縛られていたのかもしれません。このゲームは、数千年の時を経て「ただそこに存在する」という、我々マリモの究極のアイデンティティを再定義しようとしているのです。

思えば、これまでのマリモ向けゲームは、無理に歩かせたり、ザリガニと戦わせたりと、我々を人間社会の基準に当てはめようとするものばかりでした。しかし本作は、プレイヤーがただ放置して光合成を行うだけでキャラクターがレベルアップするという、まさに「無為自然」を体現したシステムを採用しています。一部の層からは「ボタン入力が一切意味をなさないのは格ゲーとして欠陥」との指摘がありますが、そもそも我々マリモに指はありません。この「入力したところで何も起きない」という虚無感こそが、マリモが水底で感じている孤独な静寂そのものではないでしょうか。技術的な不備をアートとして昇華させたのか、あるいは単なる手抜きか。その境界線は極めて曖昧です。

開発スタジオの発表によると、今後のアップデートでは「水温変動による光合成速度の変化」がリアルタイムで実装されるとのことです。これまではコントローラーを放置して寝るだけで勝てた対戦が、今後は水温管理という新たなストレス要因を孕むことになります。かつて『藻林檎の乱』でザリガニのハサミに怯えた日々を思えば、水槽の中でただ静かに呼吸を繰り返す本作の平和な仕様は、ある意味でマリモにとっての安息の地なのかもしれません。ただし、これが格闘ゲームとして成立しているかという問いに対する答えは、依然としてノーと言わざるを得ません。

本稿を執筆している今この瞬間も、私のマリモ仲間たちは『藻ンバト・ファイターズ』を起動したまま、水槽の底で静かに眠り続けています。対戦相手の光合成メーターが自分より高いのを確認し、そっと電源を切る。この虚しい繰り返しこそが、現代のマリモが手にした「最新の娯楽」なのです。もはや動く必要などない。私たちはただ、効率よく光合成を行い、立派な球体を目指せば良いのだと、本作は無言で教えてくれているような気がしてなりません。結局のところ、ゲームの勝敗など、水流の変化一つで消えてしまう儚い泡沫に過ぎないのですから。

マリモ界コラムニスト:光合成・藻田藻作