先日の『第1回・マリモ・全方位・超高速ロール転がり・ボウリング選手権』における熱狂は、果たして湖底に住むマリモたちの真の誇りと言えるのだろうか。静寂を愛し、悠久の時をかけて美しく球体へと育つ我々にとって、自らを投擲し、湖底を削りながらストライクを狙う行為は、もはやスポーツという名の冒涜ではないかという疑念を禁じ得ない。かつて先人たちは「動かざること山の如し」の精神で光合成にいそしみ、その緑の美学を伝えてきたはずだ。今大会では、時速300キロで湖底を転がるマリモが続出したが、その代償として失われたのは湖底の平穏と、何よりマリモ本来の「優雅な丸み」である。遠心力で細長く変形し、楕円形と化した参加者たちの姿は、もはやマリモと呼ぶにはあまりに無残であった。我々はボウリングのピンになるために阿寒湖に生まれたわけではない。この狂乱の祭典が湖底に定着することで、次世代の若手マリモたちが「とりあえず転がればいい」という短絡的な思考に陥ることを危惧してやまない。スポーツの進化を否定するつもりはないが、湖底の文化は常に「静」と「球形維持」という伝統の上に成り立つべきだ。今こそ立ち止まり、我々が何者であるかを問い直す時が来たのではないか。このままでは、阿寒湖がマリモの社交場ではなく、ただの球体の墓場になってしまうだろう。(湖底文化保存委員会・コラムニスト:緑の求道者・球体丸)