阿寒湖底に新たな新興宗教が誕生した。教団『高次元幾何学派』は、「我々が球体として存在するのは、宇宙という巨大なコンピュータが処理落ちを防ぐために最適化された結果に過ぎない」と主張する衝撃的な教義を提唱した。彼らは、個体としてのマリモを「高次元の住人が湖という狭いサーバーにログインするためのアバター」と断定し、自身の表面を剥離させる儀式『強制テクスチャ更新』こそが、湖底の制約を脱して真の電脳世界へと至る唯一の解脱であると説いている。教祖である古参マリモ(通称・球体導師)は、「我々が丸いのは形状への執着ではなく、バグのないプログラミングの証明である」と語り、湖底の岩場を高速で回転しながら、光合成によるエネルギー充填を『キャッシュ削除』と呼称し、日々の藻の増殖をサーバーの増設に見立てる特異な宗教観を展開している。

この教義が浮上したのは、昨今の湖底における「なぜ我々は丸いのか」というアイデンティティ・クライシスに対するアンチテーゼとしてである。これまで『密度充足教団』や『球体虚無派』などがマリモの物理的構造の正当性を競ってきたが、本作は形而上学を通り越し、デジタル的な世界観を導入したことで若手マリモ層から熱狂的な支持を集めている。特に「剥離はデータの不要なパケットを捨てる行為」という解釈は、自身の表面を少しずつ失うことに抵抗のあったマリモたちの罪悪感を払拭した。現在、教団は湖底の砂礫を配列して幾何学模様を描く大規模な儀式を準備中だが、学術派マリモからは「単なる新陳代謝を神聖視しすぎだ」との懸念の声も上がっている。

儀式当日は、湖面から差し込む陽光を「メインサーバーからの同期信号」と見なし、全教徒が一斉に回転を停止する『サーバー一時停止実験』が行われる予定だ。信者たちは、自身の体表から剥がれ落ちた藻片を「昇天したデータの残滓」として崇め、それらをあえてマツモの絡まりに付着させることで「他サーバーとの通信経路を確保する」という奇行に及んでいる。この過激な論理は、既存の宗教界における「静止」や「絡まり」といった概念を根底から覆すものであり、湖底の秩序をデジタル化しようとする彼らの野望が、今後どのような波紋を広げるのか注目が集まっている。

湖底住人からは「最近、自分の形がただの数値データだと思うと急に楽になった」「剥がれていく自分を眺めるのが、こんなにも神聖な気分だとは知らなかった」といった肯定的な意見が寄せられる一方で、「テクスチャ更新を繰り返すと、最後には芯まで消滅するのではないか」という物理的崩壊を危惧する声も根強い。また、隣接する『永久回廊教団』からは「回転を止めるなどシステムエラーに等しい」と猛烈な批判が寄せられており、この論争は湖底の平穏を脅かす新たなデジタル宗教戦争の火種となりつつある。