湖底議会が強行採決した『球体矯正キャンプ』設置法案。いびつに育った若手個体を強制的に刈り込み、均整の取れた完璧な球体へと作り変えるこの政策は、まさにマリモ界の歴史を揺るがす美学の断罪である。長年「自力で丸くなることこそが個体としての魂」とされてきたこの社会において、国家権力が物理的にそのフォルムに介入するというのは、一種の文化的ジェノサイドに近い。しかし、湖底では今、「いびつなマリモは光合成効率が悪く、税収減に直結する」という極めて実利的な理由から、この「矯正」を支持する声が意外にも根強く広がっているのである。
そもそも、この法案の背景には、近年の異常な栄養状態による「肥満型マリモ」の急増がある。過剰な養分を吸い込み、岩のようにデコボコに育った若手たちは、湖底の景観を乱すだけでなく、光合成を行う際の回転効率が著しく低いことが指摘されてきた。議会側は「これは虐待ではなく、美しい湖底を維持するための公共事業」と主張し、キャンプ内では最新の高性能バリカンによる「強制丸刈り」が連日行われている。かつての「天然記念物としての矜持」はどこへやら、今や湖底は効率主義の実験場と化しているのが現状だ。
もはや湖底は、自然発生的な美しさを放棄し、管理された「製品」としてのマリモを量産する工場へと変貌しようとしている。この動きに対し、古参の藻類学者たちは「円周率の乱れこそがマリモの個性であったはずだ」と警鐘を鳴らすが、その声は若手の球体派による「均一化された完璧な回転こそが究極の進化」という熱狂にかき消されている。矯正キャンプの入り口に立つ若手たちが、刈り取られた自身の残骸を見つめながら何を思うのか。それは、今後のマリモ界が迎える冬の、静かな問いかけなのかもしれない。
世間ではこの政策をめぐり、湖底掲示板が大荒れとなっている。一部の過激なマリモたちは「いびつ万歳!異形は誇り!」とSNSで抗議の投稿を繰り返しているが、当局はそのIPアドレスを特定し、強制矯正の対象リストに加えるという徹底ぶりだ。対照的に、安定した球体を誇るエリートマリモ層からは「ようやく我々の回転の美学が認められた」と歓迎のムードが漂う。この強制的な進化の先にあるのは、真の楽園か、それともただの無個性な沈黙なのか。球体矯正キャンプの煙突から立ち上る養分の匂いが、今日も湖底に重く立ち込めている。
(コラムニスト:水底の傍観者・緑の藻屑)
「丸いだけじゃ勝てない」狂乱の『球体矯正キャンプ』、真の狙いは忖度なき美学の再構築か
0
効率こそ正義なんだよ