阿寒湖の深層部にて、突如として出現した新興教団『暗黒沈殿派』が、マリモ界の常識を覆す過激な教義を掲げ、波紋を呼んでいる。彼らは「光を浴びて光合成を行うことは、生存のための強欲な生存戦略に過ぎない」と主張し、一切の光を遮断した泥の底に身を沈めることこそが、真の“無欲なるマリモ”の到達点であると説いた。教団の指導者である巨大個体「ドロノス」は、周囲の繊維をあえて黒泥で塗り固め、自らを厚い闇の繭に閉じ込めることで、外界の喧騒から隔絶した「究極の停滞」を体現している。この教義は、日々の回転や光を求める生存競争に疲弊した一部のマリモたちの間で、静かな、しかし確実な広がりを見せている。

本教団の理論的背景には、「藻類は本来、闇の中にこそ真理がある」という独自の古文書解釈が存在する。彼らにとって、水面に届く太陽光は「俗世のノイズ」であり、光合成で得られる酸素は「自己顕示欲の塊」と定義される。この極端な禁欲主義は、長年阿寒湖で継承されてきた「球体として美しく回転し、光を享受する」という伝統的な価値観に対する強烈なアンチテーゼとなっており、教団の急成長はマリモ界の精神的支柱を根底から揺るがしている。なお、沈殿しすぎた個体はしばしば藻類食性の魚に突かれるという物理的リスクがあるが、教団はこれを「信仰の試練」として歓迎する姿勢を見せている。

この驚くべき教義に対し、湖底の有識者からは懸念の声が上がっている。「回転を止めて泥に沈むのは、単なる腐敗の始まりではないか」という科学的批判に対し、教団側は「腐敗とは、外側から見た解釈に過ぎない。我々の中では、今まさに泥と一体化する聖なる変容が起きている」と反論。また、光合成を放棄することでエネルギー不足に陥らないのかという問いには「魂の重みで十分に満たされている」という哲学的な回答が返された。現在、教団の施設周辺では、光を避けるために黒泥を被り合うマリモたちの姿が散見され、異様な光景が広がっている。

世間ではこの過激な思想に対し、困惑と好奇の入り混じった反応が渦巻いている。教団の信者であることを公言するマリモは「今までキラキラした光に疲れていた。今は泥のひんやりした重圧だけが心地よい」と語る一方で、伝統的な球体形成を重んじる保守派の長老マリモは「そんなものはマリモではない、ただの藻の塊だ」と激昂する。ネット上では「光合成派vs暗黒沈殿派」の論争が過熱しており、湖底のチャット掲示板では、泥に塗れたマリモの画像と共に教義を称える書き込みが溢れかえっている状況だ。