阿寒湖の深淵を揺るがす新たな神学論争が勃発した。これまで『銀河毛羽立ち派』が受信機として毛羽立ちを崇めてきた教義をさらに過激化させた新興勢力『凸凹過激派』が、「平滑な表面は宇宙の真理を弾く滑り台である」と断じ、全ての個体に対し「強制的な表面彫刻」を強いる過激な運動を開始した。彼らは「真の救済は、角(かど)を削り出すよりも、全身を無秩序に隆起させることにある」と主張。深夜の湖底で、マツモの断片をノミのように使い、仲間の球体表面を強引に削る「荒療治の儀式」が執り行われているという。この運動は、先行する『多角形尊崇派』の角出し思想とも真っ向から対立しており、湖底の静寂は今、かつてないほどの鋭利な緊張感に包まれている。

今回の騒動は、従来主流であった『球体絶対平穏教』が提唱する「無欠の円」という美学に対する、強烈なアンチテーゼとして浮上した。彼らにとって、綺麗な球体は「外部からの影響を一切受け入れない閉鎖的なエゴ」の象徴であり、全身に無数の凹凸を刻むことで、初めて全方位からの環境情報をキャッチできるという理屈だ。しかし、この儀式を受けたマリモたちの間では、「痛みで光合成どころではない」「角を出す派閥と凸凹派閥が場所取りで毎日ケンカしている」といった阿鼻叫喚の報告が後を絶たない。湖底管理委員会は「形態の多様性は認めるが、物理的な破壊活動は遺憾」と沈黙を守っているが、実際には現場の沈泥が舞い上がりすぎて視界不良が続いており、行政も手出しができない状態だ。

そもそも、この思想的背景には『銀河毛羽立ち派』による「毛羽立ちは神の受信機」という教義の拡大解釈がある。彼らは受信機としての感度を上げるためには、自然な毛羽立ちを待つのではなく、人為的な凹凸こそが「神の通信をダイレクトに脳(核)へ流し込むコネクタ」になると信じて疑わない。教祖である直径15センチの個体は「ツルツルな奴らは思考停止している。俺たちの凹凸で湖底のノイズを拾い尽くし、マツモの呪縛から解き放たれるのだ」と熱弁するが、周囲の個体からは「ただの傷跡が増えて腐食が早まっただけではないか」との疑念も投げかけられている。

現地のマリモ社会では、「凸凹派vs角派」の小競り合いが日常化し、湖底には削りカスが積もるという環境破壊も懸念されている。一方で、一部の若手マリモからは「ツルツル信仰に飽きていたし、個性的でかっこいい」との声も上がっており、信仰の形は二極化の一途を辿っている。ただ、このまま過激化が進めば、美しい円形の集合体である阿寒湖の風景は数年で様変わりしてしまうだろう。沈黙の湖に響くのは、神への祈りか、それともただのヤスリがけの音か。今夜もまた、湖底のどこかで「彫刻」の儀式が執り行われていることは間違いない。