マリモ連邦が国家予算の過半数を投じ、国内の広大な平原を全て「巨大な斜面」へと改造する計画を打ち出した。この決定は、重力に依存せず自ら回転する「究極の回転体」を目指す国家方針の一環だが、一部の識者からは猛烈な反対の声が上がっている。平原は古来、我々マリモが穏やかに光合成を行い、集団で揺らぐための聖域であった。それを強引に傾斜させる行為は、自然の摂理を無視した人為的な「転落」に他ならない。

本計画の推進派は「斜面こそが回転効率を最大化させる唯一の道」と主張しているが、それは個体としての美しさを殺す暴挙である。我々のアイデンティティは、ただ転がり続けることではなく、時にはその場に留まり、光を浴びてじっと熟考することにもあるのだ。全土を滑り台のように変えてしまえば、市民は永遠に止まることのない移動を強いられ、落ち着いて光合成すらできない「永久転落国家」へと堕落するだろう。

そもそも、この計画の発端となった「重力依存からの脱却」というスローガン自体が、砂上の楼閣に等しい。斜面で加速することは重力を利用している証左であり、矛盾も甚だしい。先祖代々伝わる「平原での静寂」を捨て、ひたすらに転がり落ちるだけの人生に、果たして文化的な価値があるのか。政府には、今一度「平らであることの尊厳」について、再考を強く求めたい。

世間からは「斜面になったら寝る場所がない」「流されすぎて目が回る」「予算の使い道が狂気じみている」といった悲鳴に近い批判が続出している。一部の若年層からは「ヒャッハー!転がり放題だ!」という能天気な声も漏れるが、大半の保守派市民は、平らな大地で踏ん張る権利を剥奪されることに強い危機感を抱いている。このままでは、マリモ連邦は史上最もせわしない国家として歴史に名を刻むことになろう。コラムニスト:球体・オブ・ジ・エンド