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歴史・12月30日

蘇我入鹿が暗殺された日(大化の改端緒)

12月30日は、飛鳥時代の645年(大化元年11月)に、中大兄皇子や中臣鎌足らが蘇我入鹿を暗殺し、蘇我氏の本宗家を滅亡に追いやった「乙巳の変」が起きたとされる日です。このクーデターは、その後の「大化の改新」と呼ばれる一連の政治改革の端緒となりました。

事件の背景

飛鳥時代、蘇我氏(特に蘇我蝦夷・入鹿父子)は絶大な権力を握り、天皇をも凌ぐ勢力を誇っていました。こうした豪族中心の政治体制に対し、皇室の権力を回復し、中央集権的な国家体制を築こうとする動きが水面下で進められていました。中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)らは、蘇我氏打倒の計画を練り上げました。

乙巳の変の発生

皇極天皇4年(645年)11月、飛鳥板葺宮において、三韓からの使者の上表文を読み上げる儀式の最中、中大兄皇子らは入鹿を宮中で斬殺しました。この事件により、強大な権力を誇った蘇我入鹿は排除され、翌日には父・蝦夷も自害して蘇我氏本宗家は滅亡しました。

大化の改新への影響

蘇我氏の排除に伴い政権を掌握した勢力は、日本史上初めての元号である「大化」を定め、新たな政治改革に着手しました。これが「大化の改新」であり、豪族私有の土地・民を国家の管理下に置く「公地公民制」の導入など、律令国家体制確立に向けた大きな転換点となりました。

ポイント

  • 発生日は飛鳥時代の皇極天皇4年11月である(旧暦に基づく)。
  • このクーデターは一般に「乙巳の変(いっしのへん)」と呼ばれる。
  • 事件の首謀者である中大兄皇子と中臣鎌足は、のちに日本の律令制構築の中心人物となった。