文化・芸術・12月27日
日本で初の長編トーキー映画『マダムと女房』が封切られた日
1931年(昭和6年)12月27日、日本で初めての本格的な長編トーキー映画『マダムと女房』が封切られました。音声と映像が完全に同期した画期的な作品として、日本の映画史における大きな転換点となった日です。
『マダムと女房』の公開と概要
1931年のこの日、松竹キネマ蒲田撮影所で製作された『マダムと女房』が公開されました。監督は五所平之助が務め、日本映画における最初の本格的なトーキー(発声映画)長編作品となりました。それまでの無声映画(サイレント)主流の時代から、音声を伴う映画への移行を決定づけた記念碑的な作品です。
映画史における背景と影響
当時、世界的にはトーキー映画の導入が進んでおり、日本でも技術的な研究や試行錯誤が行われていました。『マダムと女房』の成功は、日本映画界に声音技術の重要性を広く知らしめ、その後の音声技術の急速な普及とサイレント映画からトーキーへの世代交代を強力に推進する原動力となりました。
ポイント
- 『マダムと女房』は1931年12月27日に封切られた。
- 監督は五所平之助が務めた。
- 松竹キネマ蒲田撮影所によって製作された日本初の本格的な長編トーキー映画である。