歴史・12月26日
第2次世界大戦のアルデンヌの戦いにおいて、バストーニュが解放された日
1944年12月26日、第二次世界大戦末期のアルデンヌの戦い(バルジの戦い)において、ドイツ軍に包囲されていたベルギーの要衝バストーニュが、アメリカ軍によって解放されました。この解放は、連合軍の西部戦線における防衛の分水嶺となり、ドイツ軍の攻勢を挫く決定的な契機となりました。
バストーニュ包囲戦の経緯
1944年12月中旬、ナチス・ドイツ軍は連合軍の虚を突いてアルデンヌ地域で大規模な反攻作戦(バルジの戦い)を開始しました。戦略的要衝であるベルギーのバストーニュは複数の道路が交差する交通の要所であり、ドイツ軍の進撃を阻止するためアメリカ軍第101空挺師団などが急遽送り込まれました。ドイツ軍の猛攻によりバストーニュは完全に包囲されましたが、アメリカ軍は物資が欠乏する極限状態の中で防衛線を死守しました。
解放とその影響
包囲された部隊に対し、ドイツ軍は降伏を勧告しましたが、当時のアメリカ軍指揮官アンソニー・マコーリフ准将は「Nuts!(ふざけるな/くだらん!)」という一言でこれを拒絶したことで知られています。その後、ジョージ・パットン率いるアメリカ軍第3軍の機甲部隊がドイツ軍の包囲網を突破し、12月26日にバストーニュへの到達を果たしました。これにより包囲が解かれ、連合軍はこの地域の防衛を固めるとともに、その後の反撃へと転じていきました。
ポイント
- 1944年12月26日は、第二次世界大戦中のアルデンヌの戦い(バルジの戦い)においてバストーニュが解放された日です。
- バストーニュを防衛していたアメリカ軍部隊には第101空挺師団などが含まれていました。
- 包囲網を突破して救援を行ったのはジョージ・パットン率いるアメリカ軍第3軍の部隊です。