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歴史・12月24日

足尾鉱毒事件で田中正造が明治天皇に直訴を行った日

12月24日は、足尾鉱毒事件の解決に向けて、衆議院議員であった田中正造が明治天皇に直訴を試みた日です。日本の公害問題の原点ともいえる足尾銅山鉱毒事件をめぐり、田中正造命がけの行動が歴史的な転換点となりました。この直訴は当時の社会に大きな衝撃を与え、現在に至るまで公害反対運動の象徴として語り継がれています。

直訴に至る背景

栃木県と群馬県の境に位置する足尾銅山から流出した鉱毒により、渡良瀬川流域の広範囲で農作物や水産業に甚大な被害が発生しました。住民の生活や健康が脅かされる中、田中正造は衆議院議員として幾度も政府に対して対策を求めましたが、抜本的な解決には至りませんでした。彼は議員を辞職してまで被害民救済と鉱山経営の停止を訴え続けました。

明治天皇への直訴とその後

1901年(明治34年)12月24日、田中正造は帝国議会開会式に向かう明治天皇の馬車に対して、直接ったえを記した直訴状を差し出そうと試みました。警備の者に阻まれて直接手渡すことは叶いませんでしたが、この行動は国内外の大きなニュースとなり、足尾鉱毒事件の深刻さを広く世間に知らしめました。その後も被害民による運動は続き、社会運動や環境保護運動の先駆となりました。

ポイント

  • 足尾鉱毒事件は日本における最初の本格的な公害事件とされる。
  • 田中正造は衆議院議員を辞職して被害民救済に生涯を捧げた。
  • 直訴が行われたのは1901年12月24日である。