歴史・12月17日
ペリーが初めて日本(琉球・那覇)に来航した日
1853年12月17日(嘉永6年11月17日)、アメリカ東インド艦隊司令長官マシュー・ペリー率いる艦隊が、日本への来航途中に琉球王国の那覇港へ初めて寄港しました。これは翌年の日米和親条約締結、そして日本全体の開国へとつながる重要な歴史的転換点の一つです。ペリーは日本本土へ向かう前に琉球を訪れ、寄港地としての交渉や情報収集を行いました。
ペリー艦隊の琉球・那覇来航
1853年、アメリカの東インド艦隊司令長官マシュー・ペリーは、日本との通商開始を求めて艦隊を率いて出航しました。日本本土へ直接到着する前に、艦隊は琉球王国の那覇港に姿を現しました。当時、琉球は薩摩藩の支配下にありながらも独立した王国としての体裁を保っており、ペリーは補給基地の確保や日本との交渉の足がかりとして琉球を活用しようとしました。
その後の影響と歴史的意義
那覇に寄港したペリーは、琉球王国側に対して薪水の供給や石炭の購入、さらには首里城への立ち入りや琉球王との会見を求めました。これらの要求を通じて、アメリカは琉球を半ば強引に足場とし、日本本土(浦賀)への上陸・開国交渉へと備えました。この来航は、琉球にとっても列強の近代アジア進出の波に本格的に巻き込まれる契機となりました。
ポイント
- 1853年12月17日(嘉永6年11月17日)にペリー艦隊が那覇に寄港した。
- ペリーは日本本土へ向かう前に琉球を訪れ、補給や交渉の足がかりとした。
- この寄港は、その後の日米間の交渉および日本と琉球の近代の歴史に大きな影響を与えた。