歴史・12月9日
徳川家康が江戸幕府の征夷大将軍を辞任
12月9日は、徳川家康が江戸幕府の征夷大将軍を辞任した日として知られています。家康は将軍職を退いた後も「大御所」として政治の実権を握り続けました。この権力体制は、次代への政権継承を確実なものにするための重要な政治的ステップでした。
征夷大将軍の辞任
徳川家康は江戸幕府を開いた後、自身の将軍職を嫡男である徳川秀忠に譲りました。これにより徳川家による世襲体制が盤石なものであることが対内外に示されることになりました。
大御所政治の始まりと影響
将軍職を辞した徳川家康は駿府城に入り、大御所として政治の實権を保持し続けました。表向きは秀忠が将軍として政務を執り行いましたが、外交や重要な政策決定権は家康が握っており、二御所体制とも呼ばれる強力な統治体制が継続されました。
ポイント
- 徳川家康が江戸幕府の征夷大将軍を辞任した。
- 将軍職は子の徳川秀忠に継承された。
- 辞任後も家康は大御所として実権を握り続けた。