歴史・12月9日
アフガニスタン紛争において、タリバーン政権が最後の拠点カンダハルを放棄し陥落
2001年12月9日、アフガニスタン紛争において、旧支配勢力タリバーンが最後の拠点であった南部カンダハルを放棄し、事実上の政権崩壊に至りました。これはアメリカ同時多発テロ事件を受けた米軍主導の軍事作戦により展開された戦局の大きな節目となりました。カンダハルの陥落により、タリバーンは主要な都市拠点をすべて失うことになりました。
カンダハル放棄の経緯
2001年のアメリカ同時多発テロ事件の後、米軍などは国際テロ組織アルカイダをかくまうタリバーン政権に対して軍事攻撃を開始しました。北部同盟などの反タリバーン勢力と米軍の空爆により、首都カブールが11月に陥落した後も、タリバーン最高指導者ムハンマド・オマールの出身地であり精神的支柱であった南部カンダハルは抵抗を続けていました。しかし、包囲網が狭まる中、12月9日にタリバーン側がカンダハルを放棄し、都市の支配権を手放すことで合意に至りました。
その後の影響
カンダハルの陥落によって、1996年からアフガニスタンを支配していたタリバーン政権は崩壊しました。その後、国際社会の支援のもとで新たな暫定政権が樹立され、同国の再建に向けた動きが進められることになりました。しかし、完全に勢力が消滅したわけではなく、のちの治安の不安定化や長期間にわたる紛争の継続へとつながっていくことになります。
ポイント
- 2001年12月9日にカンダハルが放棄された。
- タリバーン政権にとってカンダハルは最後の主要拠点であった。
- アメリカ同時多発テロ事件を発端とする軍事作戦の中で起きた出来事である。