歴史・11月24日
エチオピアで軍事評議会(デルグ)による大虐殺が行われた日
11月24日は、エチオピアにおいて軍事評議会(デルグ)による政治的弾圧や大虐殺に関連する歴史的背景を持つ日です。アフリカの現代史において、軍事政権による人権侵害や粛清が深刻な問題となった時期を象徴する出来事の一つとして記憶されています。ここでは確認されている事実に基づき、当時の状況と影響について解説します。
デルグによる軍事政権と弾圧
エチオピアでは、ハイレ・セラシエ皇帝の体制が崩壊した後、1970年代に軍部による「軍事評議会(通称デルグ)」が実権を握りました。メンギストゥ・ハイレ・マリアムらが指導権を掌握する過程や体制維持の過程において、反体制派や旧政権関係者、さらには市民に対する大規模な粛清や暴力的な弾圧が行われました。
歴史的影響とその後
デルグによる恐怖政治と相次ぐ内戦、さらには飢饉の発生により、エチオピア国内外で多くの犠牲者と難民が発生しました。その後、1991年に反体制武装勢力による連合体であるエチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)が首都アディスアベバを制圧し、デルグ政権は崩壊しました。政権崩壊後には、当時の指導者や実行者に対する人権侵害の罪での裁判(いわゆる「デルグ裁判」)が進められるなど、過去の暴力の清算に向けた動きが行われました。
ポイント
- エチオピアの軍事評議会は「デルグ」通称で知られる。
- 1970年代以降、軍事政権下で大規模な粛清や弾圧が行われた。
- 1991年にデルグ政権は崩壊した。