歴史・11月10日
トルコ共和国の初代大統領ムスタファ・ケマル・アタテュルクが死去した日
11月10日は、近代トルコ共和国の建国者であり初代大統領を務めたムスタファ・ケマル・アタテュルクが1938年に死去した日です。トルコでは、国民的英雄である彼の命日に際し、毎年追悼行事が執り行われています。彼の死は国内外に大きな衝撃を与え、トルコの近代化と国家の方向性に大きな影響を与えました。
ムスタファ・ケマル・アタテュルクの生涯と業績
ムスタファ・ケマルはオスマン帝国の軍人として頭角を現し、第一次世界大戦後のトルコ独立戦争を勝利へと導きました。1923年にトルコ共和国を建国し、初代大統領に就任しました。その後、カリフ制の廃止、法体系の欧州化、ラテン文字の導入、女性参政権の付与など、徹底した政教分離と近代化・西欧化改革(ケマリズム)を断行しました。「アタテュルク(トルコの父)」という姓は、1934年にトルコ大国民議会から授与されたものです。
死去の状況とその後の影響
アタテュルクは肝硬変のため、1938年11月10日の午前9時5分にイスタンブールのドルマバフチェ宮殿で死去しました。死去時の時刻である午前9時5分には、現在でもトルコ国内の至る所でサイレンが鳴り響き、国民が1分間の黙祷を捧げています。遺体はその後、首都アンカラのモニュメント「アニトカビル(アンカラ廟)」に埋葬されました。彼の死後も、トルコ共和国における政治・社会の精神的支柱として、その影響力は強く保持され続けています。
ポイント
- ムスタファ・ケマル・アタテュルクは1938年11月10日に死去した。
- 死去時刻である午前9時5分に合わせ、毎年トルコ全国で黙祷が行われる。
- 「アタテュルク」という姓は1934年に大国民議会より授与された。
- 遺体はアンカラにあるアニトカビル(独立記念廟)に安置されている。