歴史・11月7日
トルコでケマル・アタチュルクがオスマン帝国廃止後の大統領に再選
11月7日は、トルコ共和国の歴史において重要な転換点となった日です。オスマン帝国の解体とトルコ革命を経て、ムスタファ・ケマル(後のアタチュルク)が初代大統領に再選されました。近代トルコ共和国の体制を固める上で極めて重要な出来事です。
オスマン帝国の廃止と大統領選挙
第一次世界大戦後の敗戦と外国勢力の占領を経て、ムスタファ・ケマル率いるトルコ大国民議会は、1922年にスルタン制(オスマン帝国)を廃止しました。その後、1923年10月29日にトルコ共和国の成立が宣言され、ムスタファ・ケマルが初代大統領に選出されました。そして1927年11月7日の大国民議会において、ケマルが再び大統領に選出されました。
その後の影響と近代化改革
再選を果たしたケマルは、共和人民党による一党独裁体制の下で、政教分離(ラオシズム)やアルファベットのラテン文字化、女性参政権の付与など、徹底した西洋化・近代化改革(ケマリズム)を推進しました。これらの改革は、オスマン帝国の伝統的な社会構造から脱却し、国民国家としてのトルコ共和国の基礎を固めるものとなりました。
ポイント
- ムスタファ・ケマルは後に国民議会から「アタチュルク(トルコの父)」の称号を授与された。
- 1923年10月29日の共和国宣言に続き、1927年11月7日に大統領への再選を果たした。
- トルコ共和国の初期における近代化と法制度の改革を強力に牽引した。