歴史・11月6日
第一次世界大戦:パッセンダールの戦いが終結
1917年11月6日は、第一次世界大戦における主要な戦闘の一つである「パッセンダールの戦い」(第3次イーペル会戦)が終結した日です。泥沼化した過酷な消耗戦として知られ、多大な犠牲を生んだ末にカナダ軍がパッセンダールの村を占領して一連の作戦が区切りを迎えました。
パッセンダールの戦いの概要
パッセンダールの戦いは、1917年7月末にベルギーのイーペル近郊で開始されました。イギリス軍を中心とする連合軍が、ドイツ軍の潜水基地を叩くことや戦線の突破を目的として攻勢に出たものです。しかし、記録的な豪雨と砲撃によって現地の排水設備が破壊され、戦場一帯は深刻な泥海と化しました。
終結とその影響
数ヶ月にわたる激戦の末、11月6日にカナダ軍がパッセンダールの村を制圧し、この戦闘は事実上の終結を迎えました。両軍合わせて数十万人規模の死傷者を出したものの、戦略的な成果は限定的であったため、第一次世界大戦の無謀な消耗戦を象徴する悲劇的な戦いとして歴史に記憶されています。
ポイント
- パッセンダールの戦いは「第3次イーペル会戦」とも呼ばれる。
- 戦闘終結日は1917年11月6日である。
- 戦場は記録的な豪雨により泥沼化し、兵士や車両の移動が極めて困難になった。