歴史・10月26日
第2次世界大戦:レイテ沖海戦で日本軍が初めて神風特別攻撃隊を出撃させる
1944年10月26日、フィリピン周辺海域で行われたレイテ沖海戦において、日本軍は初めて「神風特別攻撃隊」を出撃させました。これは、戦局の悪化に伴い考案された、航空機による体当たり攻撃の組織的な開始でした。この作戦は、その後の太平洋戦争における日本軍の戦術の大きな転換点となりました。
レイテ沖海戦と特攻の導入
1944年10月に発生したレイテ沖海戦は、連合軍のフィリピン上陸作戦を阻止するために日本海軍が総力を挙げて挑んだ海戦です。フィリピン・マブダラ特攻基地において、第1航空艦隊司令長官であった大西瀧治郎中将の発案により、爆装した零式艦上戦闘機(ゼロ戦)による敵空母への体当たり攻撃が部隊として編成されました。「神風特別攻撃隊」と名付けられたこの作戦は、戦艦などの敵艦艇に対する有効な打撃手段として実施に移されました。
その後の影響
初出撃以降、特別攻撃は太平洋戦争の末期において常態化していきました。沖縄戦をはじめとする各地の戦闘で多くの若者が命を落とすことになります。物量に勝る連合軍に対する極端な戦術として、戦争終結に至るまで続けられ、甚大な人的・物的被害をもたらす歴史的事実となりました。
ポイント
- 1944年10月26日は、レイテ沖海戦の最中に神風特別攻撃隊が初めて出撃した日である。
- 発案者は第1航空艦隊司令長官の大西瀧治郎中将とされる。
- 爆装した戦闘機による敵艦への体当たり攻撃を目的としていた。