歴史・10月24日
ハンガリー動乱が勃発
1956年10月24日、ハンガリーの首都ブダペストでソ連の支配に対する民衆蜂起が勃発し、ハンガリー動乱が始まりました。自由と民主化を求める市民や学生と、ソ連軍およびハンガリー国内の治安部隊との間で激しい武力衝突に発展しました。この事件は冷戦期の東欧情勢において大きな転換点となりました。
ハンガリー動乱の勃発
1956年10月24日、ハンガリーの首都ブダペストにおいて、前日からの学生らのデモを発端として大規模な反ソ・民主化闘争が勃発しました。スターリン主義的な体制やソ連による内政干渉に対する不満が爆発したものであり、市民や労働者が蜂起しました。
背景と展開
第二次世界大戦後、ハンガリーはソ連の影響下に入り、共産党一党独裁政権による統治が行われていました。1956年のソ連共産党第20回大会におけるスターリン批判や、ポーランドでの反政府闘争(ポズナン暴動)の影響を受け、ハンガリー国内でも自由化を求める声が高まっていました。10月24日以降、事態は軍事衝突へとエスカレートし、ナジ・イムレが首相に復帰して事態の収拾とソ連軍の撤退交渉にあたりました。
その後の影響
ナジ政権はワルシャワ条約機構からの脱退と永世中立を宣言しましたが、同年11月にソ連軍が大規模な軍事介入を行い、武力によって蜂起を鎮圧しました。この鎮圧により多数の死傷者が出るとともに、多くのハンガリー人が難民として国外へ流出しました。動乱後、カダール・ヤノーシュ率いる新政権が樹立され、ハンガリーの体制は再びソ連の統制下に戻りました。
ポイント
- 1956年10月24日にハンガリーのブダペストで勃発した。
- 自由と民主化、ソ連軍の撤退を求める市民や学生の蜂起が発端となった。
- ソ連軍の軍事介入により鎮圧され、多くの死傷者と難民を生んだ。