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歴史・10月23日

ハンガリー動乱が勃発

1956年10月23日、ハンガリーの首都ブダペストで大規模な反政府デモが発生し、ハンガリー動乱が勃発しました。ソ連の支配に対する不満から始まったこの蜂起は、やがてソ連軍の軍事介入を招き、多数の犠牲者を出して鎮圧されました。冷戦期の東欧情勢において、極めて重要な歴史的転換点となった事件です。

ハンガリー動乱の勃発

1956年10月23日、ブダペストの学生や市民らが、ハンガリーの自主性と自由を求めて大規模なデモ行進を行いました。当時、ハンガリーはソ連の強い影響下に置かれ、スターリン主義的な独裁政権のもとで政治的・経済的な抑圧が続いていました。デモ隊は自由選挙の実施やソ連軍の撤退などを要求し、これが全国的な武装蜂起へと発展しました。

ナジ・インレ政権の成立とソ連軍の介入

事態の収拾を図るため、改革派のナジ・インレが首相に復帰し、多党制の導入やワルシャワ条約機構からの離脱、中立化を宣言しました。しかし、ソ連指導部はこれを容認せず、同年11月に入るとソ連軍が本格的な軍事侵攻を開始しました。ブダペストをはじめとする各地で激しい市街戦が繰り広げられたものの、圧倒的な軍事力を持つソ連軍によって反乱は鎮圧され、ナジ首相らは失脚・処刑されました。

その後の影響

ハンガリー動乱の鎮圧により、ハンガリーには再び親ソ連のカーダール政権が樹立されました。この事件は、東欧諸国におけるソ連の支配が軍事力によって維持されていることを明確に示し、西側諸国や国際社会に大きな衝撃を与えました。また、ソ連の介入に抗議して多くのハンガリー人が難民として国外へ脱出し、国際的な問題となりました。

ポイント

  • 1956年10月23日にブダペストでデモが発生し、動乱が勃発した。
  • ナジ・インレが首相となり、ワルシャワ条約機構からの離脱を表明した。
  • ソ連軍の軍事介入により多数の死傷者が出て鎮圧された。