歴史・10月22日
キューバ危機におけるJ・F・ケネディ大統領演説の日
10月22日は、1962年にアメリカのジョン・F・ケネディ大統領がテレビ演説を行い、ソ連によるキューバへのミサイル基地建設を暴露し、海上封鎖を発表した歴史的な日です。この演説は米ソの核戦争の危機である「キューバ危機」の深刻化を決定づけました。
キューバ危機の勃発と演説の背景
1962年10月、アメリカ偵察機U-2がキューバ国内でソ連製の中距離弾道ミサイル基地の建設を確認しました。アメリカ本島からわずか約150キロメートルしか離れていないキューバに核ミサイルが配備されることは、アメリカにとって重大な安全保障上の脅威でした。これを受け、ケネディ大統領と側近らは極秘裏に対抗策を協議し、軍事攻撃ではなく「海上封鎖(検閲・隔離)」による解決を選択しました。
ケネディ大統領のテレビ演説
1962年10月22日夜、ケネディ大統領は全米向けにテレビ演説を行い、キューバにソ連の攻撃的ミサイル基地が存在することを公表しました。大統領はソ連に対し、ミサイルの撤去とキューバ周辺海域への海上封鎖を実施することを宣言し、「キューバから発射されるいかなる核ミサイルも、ソ連によるアメリカへの攻撃とみなす」と強硬な姿勢を示しました。
その後の影響と危機的状況の回避
ケネディの演説により、米ソ両国の緊張は一気に最高潮に達し、核戦争前夜の極限状態(キューバ危機)が出現しました。世界中が固唾をのんで見守る中、アメリカ海軍による海上封鎖と水面下の外交交渉が行われました。最終的に、ソ連のフルシチョフ首相がミサイル撤去に応じたことで危機は回避され、米ソ間の直接的なホットライン(通信回線)が設置される契機となりました。
ポイント
- 1962年10月22日にジョン・F・ケネディ大統領がテレビ演説を行った。
- ソ連によるキューバへのミサイル基地建設がアメリカ国民に初めて公表された。
- アメリカはキューバに対して海上封鎖を実施した。
- この危機は米ソ間の核戦争寸前の事態として歴史的に知られている。