歴史・10月16日
キューバ危機が始まる
10月16日は、米ソ間の緊張が最高潮に達した「キューバ危機」が始まったとされる日です。アメリカの偵察機がキューバ国内におけるソ連製の中距離弾道ミサイル基地の建設を確認し、歴史的な危機的状況が幕を開けました。この対立は13日間にわたり、核戦争の勃発が現実味を帯びた深刻な国際事件となりました。
キューバ危機の始まり
1962年10月16日、アメリカのジョン・F・ケネディ大統領は、前日にU-2偵察機が撮影した写真から、キューバにソ連の核ミサイル基地が建設されていることの報告を受けました。アメリカ本島からわずか約150キロメートルしか離れていないキューバに核ミサイルが配備されることは、アメリカにとって極めて重大な安全保障上の脅威でした。
危機の発端と背景
前年の1961年に起きたピッグス湾事件や、アメリカがトルコに配備していたミサイルへの対抗措置として、ソ連のニキータ・フルシチョフ首相はキューバへのミサイル配備を決定しました。アメリカは対応を迫られ、海上封鎖などの強硬策を含めた協議が秘密裏に開始されました。
その後の影響
米ソ両国による水面下の交渉の結果、10月末にソ連がミサイルを撤去することで合意し、核戦争の危機は回避されました。この事件の後、米ソ間の直接的な通信手段(ホットライン)の設置や、部分的核実験禁止条約の締結へとつながるなど、冷戦期における軍備管理の重要性が再認識される契機となりました。
ポイント
- 1962年10月16日にアメリカ政府がソ連のミサイル基地を確認した。
- キューバ危機は米ソの対立が核戦争の寸前にまで達した事件である。
- ソ連製の中距離弾道ミサイルがキューバに極秘裏に持ち込まれていた。
- 事件の結果、米ソ間の直接対話の必要性が高まった。