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歴史・10月13日

後鳥羽天皇が隠岐へ配流される

10月13日は、承久の乱に敗れた後鳥羽上皇(後鳥羽天皇)が流罪となり、京都を出発して隠岐国へ配流された日です。日本史上の大きな転換点となった承久の乱の結末を示す重要な出来事です。この配流により、朝廷に対する鎌倉幕府の優位性が決定的なものとなりました。

事件の背景と承久の乱

1221年(承久3年)、鎌倉幕府の執権・北条義時を討つため、後鳥羽上皇は院宣を発して兵を挙げました(承久の乱)。しかし、幕府側の迅速かつ圧倒的な軍事力の前に朝廷方は敗北し、鎌倉幕府は朝廷に対して厳しい処分を下すことになりました。

隠岐への配流とその影響

承久の乱の結果、後鳥羽上皇は隠岐国(現在の島根県)へと配流されました。また、順徳上皇は佐渡国へ、土御門上皇は土佐国へそれぞれ流されています。これにより、皇室の政治的権力は完全に失墜し、鎌倉幕府による朝廷の監視と西国の支配体制がより強固なものとなりました。

ポイント

  • 後鳥羽天皇は第82代天皇で、退位後は上皇として院政を敷いた。
  • 承久の乱の結果、鎌倉幕府の朝廷に対する優位性が確立された。
  • 後鳥羽上皇は配流先の隠岐国で没した。