歴史・10月11日
イギリス国王ヘンリー8世がイングランド教会最高権を認めさせた日(1531年)
1531年10月11日、イングランド国王ヘンリー8世が、 clergy(聖職者会議)に対して自身をイングランド教会の「保護者ならびに唯一の首長」と認めるよう強要し、承認させた日です。これは宗教改革の重要な契機となりました。ローマ教皇からの独立と王権強化を進める決定的なステップとなりました。
事件の背景
ヘンリー8世は王妃キャサリンとの婚姻無効をローマ教皇クレメンス7世に求めていましたが、認められませんでした。これをきっかけに、国王はローマ教皇の権威を排除し、国内の教会に対する絶対的な支配権を確立しようと図りました。1531年、ロンドンの聖職者会議に対し、国王を教会の首長と認めるよう迫り、妥協案を経てこれを認めさせました。
その後の影響
この出来事を端緒として、イングランド教会はローマ・カトリック教会から離脱する道を歩み始めました。数年後には「国王至上法(首長法)」が制定され、国王がイングランド教会の法的・実質的な最高首長であることが正式に法制化されました。これによりイギリス独自の国教会制度が確立されることとなりました。
ポイント
- 発生年月日:1531年10月11日(ユリウス暦等による日付の換算に注意が必要な場合があるが、指定の事実に準拠)
- 中心人物:イングランド国王ヘンリー8世
- 結果:聖職者会議が国王をイングランド教会の首長として承認