歴史・10月11日
第1次アヘン戦争勃発の端緒となる事件(アロウ号事件)が発生した日(1856年)
1856年10月11日、清朝末期の中国・広州近海において、イギリス船籍を掲げた「アロウ号」をめぐる事件が発生しました。この事件は、のちに第2次アヘン戦争(アロー戦争)へと発展する重大な端緒となりました。列強による中国への進出が激化する歴史的転換点の一つです。
アロウ号事件の概要
1856年10月11日、広州の中国当局(広東当局)が、海賊容疑や密貿易の嫌疑がかかっていた香港登録の船「アロウ号」に乗り込み、中国人乗組員を拘束しました。当時、アロウ号はイギリスの香港船籍の旗を掲げていましたが、その登録期限が切れていたか否か、またイギリスの保護権が及ぶかどうかが大きな争点となりました。
歴史的背景とその後の影響
第1次アヘン戦争(1840年〜1842年)の結果結ばれた南京条約不満や、欧米列強によるさらなる中国市場の開放要求が背景にありました。イギリスの広州駐在領事ハリー・パークスらは、中国当局によるイギリス国旗の侮辱と乗組員の拘束を口実に強く抗議し、武力行使に踏み切りました。これが端緒となり、1856年末から第2次アヘン戦争が勃発し、のちの天津条約や北京条約締結へとつながっていきました。
ポイント
- 発生日は1856年10月11日である。
- 事件の舞台は広州近海である。
- アロウ号事件は第2次アヘン戦争の引き金となった。