歴史・10月9日
ソビエト連邦最高会議幹部会議長アンドレイ・グロムイコが辞任した日
1988年10月9日、ソビエト連邦最高会議幹部会議長であったアンドレイ・グロムイコが辞任しました。長年外務大臣を務め「ミスター・「ニエット(否)」」の異名で知られた外交官の引退であり、ソ連の政治体制における大きな転換点の一つとなりました。
アンドレイ・グロムイコの辞任
1988年10月9日、ソビエト連邦の最高会議幹部会議長を務めていたアンドレイ・グロムイコが辞任を表明しました。高齢化が進んでいた最高指導部からの退陣であり、ミハイル・ゴルバチョフが進めるペレストロイカ(改革)の路線に伴う権力闘争および世代交代の一環として行われました。
その後の影響と歴史的背景
グロムイコは冷戦期を通じて長年ソ連の外相を務め、強硬な外交姿勢で知られていましたが、ゴルバチョフ政権下では名誉職である最高会議幹部会議長へ異動していました。今回の辞任により、ブレジネフ時代からの旧来の指導部メンバーがさらに退くこととなり、ゴルバチョフによる政治体制の刷新が加速することになりました。
ポイント
- 1988年10月9日にアンドレイ・グロムイコがソビエト連邦最高会議幹部会議長を辞任した。
- グロムイコは長年ソ連の外務大臣を務め、「ミスター・ニエット」の通称で知られていた。
- 辞任はゴルバチョフ政権下における指導部の世代交代・政治改革の流れの中で行われた。