国際・10月8日
オーストリア=ハンガリー帝国がボスニア・ヘルツェゴビナ併合を宣言
1908年10月8日、オーストリア=ハンガリー帝国は、前世紀末から占領・管理していたボスニア・ヘルツェゴビナの併合を一方的に宣言しました。この動きはヨーロッパの国際緊張を高め、数年後に勃発する第一次世界大戦の遠因の一つとなりました。
ボスニア・ヘルツェゴビナ併合の経緯
1878年のベルリン条約に基づき、オーストリア=ハンガリー帝国はオスマン帝国領であったボスニア・ヘルツェゴビナの占領および統治権を獲得していました。その後、1908年に至同帝国外相アロイス・フォン・アレンタールとロシアの外相アレクサンドル・イスヴォルスキーの間で秘密裏に協議が行われた後、同年10月8日にオーストリア=ハンガリー帝国は正式に同地の併合を宣言しました。
国際的な影響とバルカン危機の深化
この一方的な併合宣言は、同じくスラヴ系住民を擁しバルカン半島への影響力を拡大しようとしていたロシアや、同地域に領土的野心を持つセルビアの強い反発を招きました(ボスニア危機)。ロシアはドイツの支援を受けたオーストリア=ハンガリーの圧力に屈して一時的に譲歩せざるを得ませんでしたが、セルビアとの対立は決定的なものとなり、1914年のサラエボ事件へとつながる緊迫した国際情勢の火種となりました。
ポイント
- 1908年10月8日にオーストリア=ハンガリー帝国が併合を宣言した。
- 対象地域はそれまで同帝国が占領・管理していたボスニア・ヘルツェゴビナである。
- この出来事は第一次世界大戦の背景となった「ボスニア危機」を引き起こした。